リビングの役割を考え直す

リビングの役割を考え直す

賃貸1LDKに夫婦二人で住んでいる。少々狭いが工夫次第でなんとかなるものだ。この1LDKの特にリビングについて考える。

まず独立した一部屋はベッドを置いて寝室にする。
DKは料理をして食事をする。ここまでは分かる。
以上と風呂、トイレ、洗面、収納などがあればそれで衣食住は完結する。

考え出すと疑問なのはLだ。リビング。
一番日当たりのいい空間であり、家のメインのようにふるまう。
ただ他の空間に比べると少々役割が曖昧ではないか。

役割を与えようとすると「くつろぎと団らん」のための空間か。
でも、くつろぎや団らんという言葉からダイニングでの食事風景を連想するのは自分だけだろうか。

この点に関して、住宅建築家でありエッセイストでもある宮脇檀大先生は著書「それでも建てたい家」の中で、
”「一緒に食事する」という事が他の民族より一層人間同士の心の交流を強めている”
”日本人くらい一緒に飯食う事をことごとに重視する民族はいない”
と述べ、
”日本の住宅にはリビングなんかどうでもよいのだから、先ずダイニングをちゃんと完備すること”
とまで言っている。

確かにダイニングにくつろぎや語らいの役割を与えられればコンパクトに収まる。
宮脇氏もこの思想にのっとった多くの名住宅を建てているのだから間違いではない。

ダイニングはダイニングで満足のいく空間にできたとして、でも物食べていないときにだって団らんする空間はやっぱり欲しい。
リビングにはなんとかその役割を担ってほしい。
くつろげて団らんできる空間としてのリビングを考え直したい。

一般的なリビングがどうなっているか。
部屋の端にテレビ台があり、当然その上にテレビがあり、それと対面するように二人掛け以上のソファが置かれ、その間に大きなローテーブルが置かれている。
空いている空間にはキャビネットが置かれている。

なんとなくこうしていることが多いが、実はいろいろ使いにくい。
二人掛け以上のソファがあっても、会話するときにソファに隣り合わせで座ることはまずない。
ローテーブルを挟んで座ることになる。そうすると片方は床に座るから、もう一方もソファに座っているのも居心地悪く、結局みんな床に座る。
床には座布団が何枚もあり、ローテーブルもこたつを兼ねているから、床に座ることに拒否感はない。
結果、ソファには誰も座らず、洗濯物や脱いだ服の一時置き。せいぜい床座の背もたれ。

ローテーブルに人が集まるが、テレビに面している側は鑑賞の邪魔になるから座れず、いまいち囲うことができず人の居場所としてバランスが悪い。
いろんなものを持ってきては立ち去るため、テーブル上にはリモコン、スマホ、PC、箱ティッシュ、マグカップなど日常のちょっとしたものが集まり、そのままにされている。

キャビネットの上には小物を飾っているが、飾れるということは小物を置けるということで、徐々に郵便物、カギ、財布などの小物たちが集まる。
テレビ台の上もやっぱり日常の小物たちが置かれている。
これらの小物たちは臭うほどの生活感を醸し出す。

結局、リビングは団らんの場所になりえているかと言ったら否であり、テレビを複数人で鑑賞する点に関してだけ成功している。
リビングはテレビ鑑賞空間兼日常のこまごました物たちを受け入れる空間になってしまっているのだ。
一番日当たりがよくて、家のメインのような雰囲気を出しているのに。

西洋式のソファ文化を輸入し、日本式のお茶の間文化と混ざり合わないまま、みんなでテレビに夢中になった結果がこの形だと勝手に思っている。

テレビを日常のなかで見る機会が減ってきた現代、このテレビ鑑賞にだけ有用で、団らんできず、片付かないせいでくつろげないリビングを見直すべきだと思う。

しかも我が家の場合は非常に狭いためリビングに使える空間はせいぜい6畳。
ここにテレビと「十分離れて見る」距離にソファ、その間にローテーブルを置こうものなら、人が入る隙間などなく埋まる。
さらにダイニング空間とすぐ近くにあるため床座に抵抗感がある。

この小さな6畳を最大限活用するため、思い切ってテレビを置くのをやめる。手元のタブレットやスマホでテレビを見る方法はいくらでもあるし、そもそもテレビを観なくても驚くほど影響がない。

二人掛けのソファもやめる。二人で座らないから。
ローテーブルもやめる。片付くことがないから。

こうしてリビングと呼んでいた空間からすべてがなくなった。
改めてここに「くつろぎと団らん」のための空間を作る。

長くなったのでまた次回。







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